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【2025年】登山に求められるレインウェアの透湿性って何?透湿性の基礎と最新メンブレン進化史

登山に求められるレインウェアの透湿性って何?

稜線を包む雲が切れた瞬間に感じる冷たい風と、身体の内側から込み上げる熱。そのギャップを埋め、行動を止めた途端に訪れる低体温のリスクを抑えてくれるのが、透湿性に優れたレインウェアです。雨粒を確実に弾きながら汗由来の水蒸気だけを外へ逃がす仕組みは、登山中の快適さと安全性を大きく左右します。本稿では、透湿度という数値の読み解き方から最新メンブレンの特徴、季節や山域に応じた選択基準、そして性能を長持ちさせるメンテナンスまで、登山者が知っておきたいポイントを体系的に解説します。

目次

1. 透湿性の基礎と登山特有の要求

1-1. 透湿性とは

透湿性(MVTR=Moisture Vapour Transmission Rate)とは、24 時間で 1 m² の生地を通過する水蒸気量 を g で示した値です。数値が高いほどムレを放出できる能力が高いと解釈されますが、実際の快適性は 温度差・湿度差・気流 に左右される相対指標である点が重要です。

1-2. 登山環境が 透湿性 を厳しくする三要素

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要素登山での典型値透湿性への影響
高出力運動歩行代謝熱 300–600 W汗量増加→シェル内飽和が速い
大きな気温勾配体温 37 ℃ – 外気 0 ℃蒸気圧差が高く結露しやすい
断続的な休憩行動と停止を反復急冷時に残留水分が凍結→低体温リスク

夏の北アルプス縦走なら 透湿性 20,000 g 以上+ピットジップ が推奨ライン。冬季アイスクライミングでは 風速 10 m/s により換気が促進されるため、耐水圧重視で RET 6 以下 を指標にする、など季節で要求が変わります。

2. 測定規格を徹底理解する

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規格温度・湿度条件主な利用分野数値の傾向
JIS L 1099 A(吸湿法)20 ℃ / 65 %RH生活衣料小さめ
JIS L 1099 B-1(酢酸カリウム)40 ℃ / 90 %RH登山・ラン大きめ
ISO 15496(Cup 法)23 ℃ / 85 %RH国際比較中間
RET(ISO 11092)35 ℃ / 40 %RH欧州基準数値が小さいほど優秀

登山ウェアのカタログで最も多い試験法は JIS L 1099 B-1。例えばモンベル「ストームクルーザー」は 40,000 g(B-1) と明記していますwebshop.montbell.jp。一方、欧州ブランドは RET 表記が多く、RET < 6 で「非常に快適」と評価されます。

3. 最新メンブレン進化史

3-1. 多孔質系(ePTFE / ePE)

  • ePTFE:9 billion pores/in² を持つ古典的素材。強度と耐久性に定評。
  • ePE:PFAS フリーで比重 40 %減。耐水圧 28,000 mm、RET < 13 の次世代 Gore-Tex ePE が 2025 年春から量産開始。

3-2. 電紡ナノファイバー(Pertex Shield Air)

開放孔ネットワークにより 空気透過性+透湿性 50,000 g を両立(pertex.com)。空気が抜ける分、荒天の体感温度低下は要注意。

3-3. 親水無孔系(Dermizax™ NX)

分子間の水素結合で蒸気を吸着し拡散。30,000–50,000 g と高 透湿性、ストレッチ性も高い(alpinetrek.co.uk)

3-4. エアパーミアブル系(Futurelight)

The North Face が独自ナノスピンで 透湿性 75,000 g を実現。0.04 CFM 程度の空気透過で登攀中も蒸れにくい。


4. 耐水圧と透湿性のバランスを数値で読む

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ポジション代表素材耐水圧 (mm)透湿性 (g/m²/24 h)主な製品備考
荒天ビバークGORE-TEX PRO (ePTFE)28,000+25,000Mountain Equipment Lhotsemountain-equipment.com高耐久
縦走オールラウンドGORE-TEX ePE28,000RET < 13Arc’teryx Beta LightweightPFASフリー
夏山高速ハイクFUTURELIGHT75,000TNF Summit Superiorgearjunkie.com空気透過
雪山アクティブDermizax NX20,00030,000–50,000Bergans Mizziストレッチ
UL トレイルPertex Shield Air20,00050,000Goldwin Shield Air Jacketeushop.goldwin-global.com150 g級

登山では耐水圧 20,000 mm 以上が前提。透湿性は 夏季 20,000 g↑、冬季は RET を併用 して判断すると失敗が少ないです。


5. レイヤリングと換気設計の実践

5-1. ベースレイヤーが 透湿性 を左右

疎水ポリプロピレン製ドライレイヤーは、汗冷えを抑えつつ蒸気を 10 % 速く膜へ届けるという実験値があります。ミッドには毛細管作用が高いグリッドフリースを挟むと拡散効率アップ。

5-2. ピットジップと「スタック効果」

歩行で腕を振ると袖口からフード頂部へ空気が押し上げられるポンピング現象が起きます。脇下に 30 cm のジッパーを開けると、内部湿度が 15 % 低下 した事例も報告されています(メーカー内部試験)。

5-3. 風速利用と結露リスク

風速 5 m/s で透湿量は 1.8 倍になる一方、外気温がシェル表面を 5 ℃ 以下に冷やすと露点に達しやすくなり、逆に結露が加速。適度な通気+外気冷却のバランス取り が鍵です。


6. 主要ハードシェル比較表(2025 年最新/メンズ M サイズ)

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製品名重量メンブレン耐水圧透湿性/RETピットジップ実売価格
モンベル ストームクルーザー254 gSuper DRY-TEC 3L20,000 mm40,000 gあり¥29,700
Arc’teryx Beta Lightweight365 gGORE-TEX ePE28,000 mmRET < 13なし¥63,800
TNF Summit Superior FUTURELIGHT225 gFUTURELIGHT 3L75,000 gなし¥55,000
Outdoor Research Foray 3L450 gAscentShell Dry30,000 mm*30,000 g*あり¥42,000
Rab Kinetic Alpine 2.0405 gProflex 3L10,000 mm35,000 gなし¥38,500

*メーカー未公表、第三者試験値

7. 季節別・山域別に見る適正 透湿性/RET の目安

7-1. 夏季・低山(標高 1,000 m 前後・気温 25 ℃・湿度 90 %)

  • 推奨透湿性透湿性 20,000 g 以上または RET 〈10
  • 理由:発汗量は行動開始 10 分で 200 g/時に達し、B-1 法基準(40 ℃・90 %RH)と酷似。ベンチレーション必須。
  • 素材例:モンベル「ストームクルーザー」(40,000 g)。

7-2. 夏季・高山(標高 3,000 m・気温 10 ℃・湿度 60 %)

  • 推奨透湿性:透湿性 15,000 g 以上 / RET 〈13。
  • 理由:外気が低温のため蒸気圧差が大きく、数値がやや低くても結露しにくい。風速 5 m/s では透湿量が約 1.8 倍に増加。

7-3. 秋冬・積雪期(気温 −5 ℃・湿度 40 %)

  • 推奨透湿性:RET 〈6 を最優先し耐水圧 20,000 mm 以上。
  • 理由:外気が乾燥しているため 透湿性 が実測より過大評価されることがある。RET は低温条件での抵抗値が指標として有効。(yamatomichi.com

7-4. 雨期の縦走(連日行動・総行動時間 8 h/日以上)

シチュエーション推奨透湿指標ベンチレーションコメント
東北の梅雨(気温 18 ℃)透湿性 ≧ 25,000 g必須歩行中も前ジッパー 10 cm 開放
南アルプス秋雨前線透湿性 ≧ 35,000 g推奨天候急変が多く、脱ぎ着の回数を減らす
北海道大雪山 9 月RET 〈9任意外気が15 ℃以下で結露リスク低い

目安の覚え方:「夏は 2 万、寒い山は RET 6」と覚えておくと失敗しにくい。


8. メンテナンスと DWR 復活の科学

8-1. 洗濯手順(Gore-Tex 公式推奨)

  1. 40 ℃以下の弱流水で液体中性洗剤を使用(粉末は膜孔を詰まらせる)。
  2. すすぎは 2 回、脱水は短時間。
  3. 低温タンブラー乾燥 20 分で DWR を再活性化。アイロン中温(スチームなし)でも代用可。

8-2. DWR(耐久撥水)低下のメカニズム

  • 油脂・泥汚れがフッ素鎖に付着→表面張力上昇→水が膜状に広がり、蒸気の通り道を塞ぐ。
  • 濡れた表面=“ウェットアウト”状態になると、透湿量が最大 70 % 低下するという社内試験結果も報告されている。

8-3. 撥水加工の更新

方法特徴耐久性代表製品
洗濯機投下型洗濯→撥水液→乾燥で完結Nikwax TX.Direct Wash-In
スプレー型部分補修が容易中~高Grangers Performance Repel
アイロンフィルム熱圧着で長期持続Nicwax TX.Direct Spray+アイロンセット

8-4. 洗濯頻度の目安

  • 山行 5〜8 回につき 1 回。汚れの付着が顕著なら即洗濯。
  • 「汚れる前にこまめに洗う」方が摩耗が少ないとの繊維専門家コメントもある。(bhg.com

9. よくある質問 15

Q1 透湿度 50,000 g と 30,000 g の体感差は大きい?
行動強度が中程度なら差は感じにくい。高温多湿の夏季行動で汗量が 1 ℓ/時を超える場合に違いが生きる。

Q2 RET と 透湿性、どちらを優先すべき?
冬季や低湿環境は RET、夏季の日本アルプスは 透湿性 を参考にすると判断しやすい。(yamatomichi.com)

Q3 ゴアテックスは透湿度を公開しないの?
社内テスト結果を公開していないが、第三者試験で 透湿性 28,000 g 相当 が報告されている。(note.com

Q4 ベンチレーションがないモデルはダメ?
夏季の低山では不利。秋冬や空気透過メンブレン(Futurelight など)なら許容範囲。

Q5 レインウェアの裾を絞ると蒸れは悪化する?
裾を強く絞ると煙突効果が減り湿度が 5〜8 % 上昇した測定例がある。活動強度が高い場合は少し余裕を残す。

Q6 洗剤はおしゃれ着用で大丈夫?
柔軟剤が入っていなければ可。ただし専用洗剤は残留成分が少なく膜孔を塞ぎにくい。

Q7 DWR スプレーと Wash-In、併用しても良い?
可能。Wash-In で全体を処理し、摩耗部位はスプレーで補強する方法が効果的。

Q8 ePE メンブレンは加水分解しない?
ePE はフッ素系ではなくポリエチレンが主体のため加水分解耐性が高いと発表されている。(gore-tex.com

Q9 RET とは具体的に何を測っている?
生地両面の飽和水蒸気圧差と熱流束を測定し「透湿抵抗値 Pa·m²/W」で示す。

Q10 透湿性の寿命は?
メンブレンそのものは 10 年以上持つ例もあるが、裏地ラミネート剥離・縫製のシームテープ劣化が先に起こる。

Q11 透湿度が低いシェルでもベースレイヤーで補える?
吸汗拡散性が高い生地を使うと 10–15 % 体感改善が期待できるが、根本解決にはならない。

Q12 ウェットアウトを感じたらどう対処?
一度脱いで軽く振り、表面水を弾く→ジッパーを開け換気→状況が許せば DWR スプレーを軽く噴霧。

Q13 数値非公開のブランドは信用できない?
試験法が統一されていないため非公開にする場合もある。試着と実績レビューを重視。

Q14 洗濯後のアイロンは本当に必要?
タンブラー乾燥が難しい場合、アイロン中温が DWR 再活性化に有効と Gore 公式が明示。(gore-tex.com

Q15 透湿性と防風性はトレードオフ?
エアパーミアブル素材では若干の気流を許容するため、風速 10 m/s 以上では体感温度低下が大きい。行動着と停滞着を分けるのが無難。

10. 結論:“快適ドライ”の本質

透湿性は単なるカタログ数値ではなく、環境条件・行動強度・メンブレン構造・ベンチレーション設計・メンテナンスが重なり合う「総合システムの性能」です。

  • 数値の読み取り:夏は 透湿性 2 万、冬は RET 6 を起点に。
  • レイヤリング:疎水ドライレイヤー+吸汗ミッド+高透湿シェルの三層が基本。
  • 換気ギミック:ピットジップや前開けは数値に勝る効果を生む。
  • DWR 維持:低温乾燥 20 分で撥水復活。洗濯は汚れる前に。
  • 素材進化:PFAS フリー ePE、電紡ナノファイバーなど選択肢は広がったが、最適解は山域・季節で変わる。

「透湿性を味方につける」とは、数値を起点にしつつ、自らの行動と環境を観察し調整し続けることにほかなりません。山行のたびにシェル内の温度と湿度、撥水状態を確認し、洗濯ログを取る――そうした小さな習慣が、稜線での一瞬のリスクを減らし、快適さという大きな報酬をもたらします。

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